英国文化を愛したサッチャー元英国首相の訃報に思う

 
偉大な人物の訃報は、世界中の人々を驚きと悲嘆にいざなう。 
 イギリス史上初の女性首相となったマーガレット・サッチャー氏が4月8日87歳で死去され、葬儀が17日、ロンドンで最も伝統あるセントポール大聖堂で営まれた。
混乱する国内政治をまとめ、停滞する経済を立て直し、フォークランド紛争に勝利し、東西冷戦の終結を促した。
「鉄の女」と呼ばれた彼女は、まさに「鉄のような意志をもって信念を貫く人」であった。
 今から20年近く前にサッチャー氏にお会いした時は、そのオーラに圧倒され緊張を越えて、畏敬の念を覚えたのを思い返した。敬虔なプロテスタントの家庭に育ち、自らも夫のデニス・サッチャーとの間に娘キャロル、息子マークの双子の子供をもうけ、とても家庭を大切にした。
それは、アカデミー賞主演女優賞を受賞したメリル・ストリープが演じた映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(原題:The Iron Lady)において、一人の女性として、母として、妻としてそこに映し出される一人の人間としてのリアルな葛藤と様々な政治課題を前に悩み苦しみ抜く姿を見事に描写したことで、その人間性を垣間見ることができよう。
 死してなお、世界中からその功績・業績に対して高い評価と称賛の声が上がる一方で、批判や非難の声が続く「サッチャリズム」。
彼女自身の言葉にあるように「意見の一致には危険が潜む、何についても特定の意見を持たない人々を満足させようと試みることになりかねないから。」とあるように、常に世の中には賛成と反対、称賛と非難が存在すべきで、それこそが彼女自身が信じた英国の良き政治文化が醸成した自由主義、民主主義の原点であると考えるならば、その沸き起こる批判ですらサッチャー氏の偉大さを印象付ける。
 大胆で強靭なリーダーシップを示し、女性政治家に対する偏見と固定観念を崩した先駆者である。その一方で、誰よりもイギリスの文化・歴史を愛し、伝統と誇りを大切に社会の理不尽な価値観と闘った愛国心の人だったと思う。そして社会を構成する国民一人ひとりに自助努力、自己責任の精神を訴え続けた政治家であった。
 日本の新聞を見るとサッチャー氏に日本の政治家は見習うべきと、口をそろえて書き立てるが、私自身がお会いしたときに彼女の言葉として聞かされたメッセージは多くはなかった。彼女が政治家に求めたのは、単純に曲げない意志、揺るがない信念だけであったと思う。それは、政治家だからと特別求めるものではなく、私たち一人ひとりが、一人の人間として物事に向き合う心構え、ベストを尽くす生き様を率直に語った、彼女なりの人生の真剣なメッセージだと感じた。自らを厳しく律し、そして他人にも常に向上努力を求めたのは、社会に貢献する生き方を信念とした勇敢な闘士の姿でもあり、二人の子供を育て上げた厳しくも優しい母親の姿でもあるような気もする。
 当時の思い出に更けながら、ここにあらためて、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 合掌